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国語は伸びないとあきらめるのはまだ早い [国語]

 国語は短期間で成績が上がる科目ではありません。じっくりと取り組むのが王道でしょう。しかし、お兄ちゃんのときは、すでに時間的余裕がありませんでした。そこで「入試問題に慣れる」ことを必要最低限の目標としました。

 すでに5年生の3月に入っていて、塾では6年のテキストを使った授業が始まっていたのですが、あえて5年生の国語の、しかも簡単なほうの基礎問題集を買ってきて、毎日一題ずつ解くことにしました。問題の冒頭を読んで、設問を確認し、問題文を音読して解く。これの繰り返しです。

 幸いなことに、記述問題は塾の先生が添削してくれました。週2回の国語の授業の前にそれまでに解いた問題の解答用紙を持って行くと、ひとつひとつ見てくれました。親が添削するとどうしてもきびしくなりますし、仕事量が増えても嫌な顔せずに面倒を見てくれた先生に感謝です。

 一日一題のノルマは基本問題集のあとも5年の標準問題集と進み、市販の問題集(これは塾の先生にはさすがに悪いと思い、家庭で添削しました)を何冊かこなすまで続けました。すると、夏休み前には6年の問題もこなせる実力が付いてきました。

 ただでさえ算数に時間をとられたり、社会の暗記で手っ取り早く点数をかせぐこともできるかもしれませんが、「入試問題に慣れる」目標のため、1日45分くらい国語に割いたのがよかったのでしょう。

 もし、国語の成績が芳しくなく、簡単には伸びないからとあきらめていたら、そこは踏みとどまってコツコツと解き続けてみてください。6、7、8月と続けると、秋には好転する気配大です。

算数は一緒に悩んで成績アップ [算数]

 前回の続きになりますが、算数を教えるのをチェンジしました。しかし、算数はまったく自信がありません。お兄ちゃんのときも解けない問題があったような……。また、塾のテキストや問題集には丁寧な解説が載っています。子どもが解説を読んでわからないからといって、解き方をそのまま伝えてもうまく理解してもらえないのではないか。塾の先生の授業も受けているわけですし、同じように解説しても解けるようになるとは思えません。

 そこで、「一緒に悩む」ことにしました。これは、心理学者の河合隼雄先生の心理療法を取り入れさせてもらいました。河合先生は「心の病んだ人の悩みは臨床心理士には解決できない。ただ悩みを聞くだけ。一緒に悩む。しかも真剣に悩む。すると自分であれこれしゃべっているうちに考えがまとまる。本人が自分から解決する」というようなことをおっしゃってました。

 まず、子どもが算数の問題を解くとき、そばに座ります。このとき予習はもちろんしてませんし、解答も用意しません。子どもは解ける問題は次々に解いていきます。そのときはそのまま進めています。解けない問題に出くわしたとき、よく考えてもらってます。それでもわからないときは「わからない」と言ってねと伝えてあります。ちなみに息子は「ちょっとむずかしい」と言います。

 ここで、はじめて出番となります。「もう一度問題読んで」と言うのが仕事。考えることで頭の中が一杯になっていて、本来の問いを忘れているのでしょうか。読み直すだけで解けることもままあります。数値の箇所や問われていることには下線を引くようにいってますが、機械的に線を引いていることもあり、もう一度きちんと読むだけで解けるのでしょう。

 子どもになにも反応が見られない場合、問題を読みます。丁寧にゆっくりと、数値の箇所などはとくに気をつけて読みます。すると、「わかった」といって解きはじめることがあります。これは、算数というより国語の文章読解力が及んでなかったのでしょう。問題を勘違いしている場合があったり「なんだそういうこと問われているのか」で解決です。ただ、いくら問題を丁寧に読めと言っても読解力はすぐに身につかないでしょうから、問題の読み方についてはじっくりと取り組んでいこうと思っています。

 つぎに「線分図や図を描いたら」と薦めます。このくらいの問題は頭の中でできると思うのか、いきなり解き出そうとします。そこは制して、簡単な問題でも線分図や図を描いてもらってます。線分図や図を描いて整理することで解ける問題が2割くらいありました。

 このあと「難しいね。どこまでわかった」と聞きます。そると、子どもは自分で考えたところまでを説明してくれます。「で、問題はなにを求めろって言ってんだっけ」。「答えを出すにはなにがわかればいい?」。「○○」。「じゃあ、○○を出すには?」。というように「なにがわかれば解けるんだっけ」と聞くと、「ここがわかれば……、あ、そうか、これなら解ける」。と言って解きはじめます。問題を逆から考えてもらうのです。

 というように自分では問題を解かないで、子どもが自分で考えるようにしています。このやり方で解けるようになった問題は増えているようです。

 もちろん、すべてうまくいっているワケではありません。ついヒントのつもりが核心に触れてしまって答えを教えてしまうことや一緒に悩んで、そのまま解けないこともあります。この場合はうまく考えを導き出せるようにヒントを小出ししています。

 また、一問解くのにそうとうな時間がかかるときもありますが、ひとつひとつクリアできればとじっくりと取り組んでいます。解けなかった問題が解けたときの子どもは、からだで表現しなくてもうれしそうですもんね。

「難しい問題」は「解けない」、イコール「無理」というあきらめのイメージは薄れ、難問にも挑むチャレンジ精神が少しずつ育まれているようです。

 とはいえ、ジャンルによっては基本問題でも解けないときもあり、凡人の私にはつい「え、それで引っかかるの」なんて言葉を発しそうになるときもありますが、そこは自分を戒めて、少しでも河合先生のように広い心を持った大人になろうとしています。子どもと一緒に悩み、お互いに成長できたらと思っています。

算数の教え方で「してはいけない」こと [算数]

 最初、算数は妻がみていたのですが、どうもうまくいきませんでした。「○○だから××になるでしょ」。「どうして?」。「だから、ここがこうなると……」。「なんで、△△じゃないの?」。普段は仲がいいのに、いざこざが絶えません。みなさんのご家庭でも、このような殺伐とした親子関係に陥ってはいないでしょうか。

 妻は解き方が「わかる」と、自分の解いた通りに説明するのですが、それが息子には「わからない」ようです。自分が「わかる」のと、ひとに教えて「わかってもらう」のはまったく別物ですね。

 教えているところを端から見ていると、言葉がきつくなったり、威圧的ではなく、普通に説明しているのですが、「わたしはわかってるんだけど」とか、解けたことを自慢げに説明している、クイズ番組などで先に答えがわかった人が得意げにわからない人に教えるような、上から目線になっているようです。子どももそれを敏感に察知しているようで、敵対的な態度に出ているのではないでしょうか。
 
 さらに「なんでわからない?」「簡単なのに……」「どうしてできない?」なんて台詞を子どもに浴びせると、すべて水の泡です。「解けなかったり間違うとなにか言われる」→「問題を解きたくない」。子どもはやる気をなくすだけです。

 とはいえ、ついぽろっと口からこぼれてしまうこれらの台詞。一番反省しなくちゃいけないのは自分なのですが、喉まで出かかった言葉をぐっとこらえ、スマイルで接したいものです。

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